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小説の創作と日々思うことをつらづらと。
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 しなやかな背中を優しくなでるように摩っていると、大きく振るえているのに零れ落ちる音がしないのに気づいた。それも当然だろうか。ずっと彼女は姿勢を低く便座に凭れかかりながら体を上下に痙攣させていた。

 ゆっくりゆっくり唾液が静かに垂れ落ちる音から始まり一気に内容物が逆流すると、独特の酸っぱい臭いが狭いトイレの中、出口を求めて浮遊する。単調な感覚で上下に背中を押し上げるように摩りながら彼女の顔色を窺おうと前のめりになる。額の汗が前髪をべったりと貼り付け、瞳の溜まった涙は徐々に眼の下、頬、顎へと沿って流れ、結局は水と水がぶつかる音で止まる。
便器の中には咀嚼され、胃酸に溶かされ原形を留めていない様々な「食べられた物」が浮かんでいる。形も様々なら色も様々。一度便器に水を流し、すべてを流しきる。それでも彼女は顔を上げない。ずっと下を向いている。彼女は胃の中のモノを全て吐き出したようで、透明な、唾液ともつかない液体を必死にもどしている。それでも、彼女の中に何かが詰まっているようだ。
 
隣の部屋のお姉さん。引っ越しのご挨拶をしてから半年が経ち、食事を頂く代わりに愚痴を聞きお世話をしていることがしばしばある。名前も年齢も、どんな仕事をしているのかも知らない。私たちの関係はあくまで「隣人」でしかない。

 今回は恋人が二股をかけていることを人伝に聞き、問い質した結果、関係を断ち切ったらしい。一発しかビンタできなかったと嘆いていた。それに対して、「そうですね、いつもは五発くらい叩くから、叩きたりないですよね。軽くだったら、あと四発分受けますよ。」と我ながらつまらないギャグを投げることしかできず、彼女は泣きだした。
細かく言葉を切りながら、だんだん嗚咽を混ぜながら、彼女は思い返していた。二人のドラマチックな出会い、一緒に見た夜景の華やかさ、三ツ星の称号を持つ店の料理、あげくは相手の服のセンスまで。どこか憎々しそうに語る彼女だが、細部まで情景を想像させる話はその時の彼女の気持ちを露わにしていた。彼女は本気だったのだ。いつも以上に。
 
彼女が今吐き出そうとしているのは、男を愛した彼女の「想い」なのだろう。一番大切に包んでいた気持ちが、最後彼女の胸を痛める。とても皮肉な結末だと思いながらも、私にできることは彼女が吐き出すのを手助けするだけだ。こんな時に気の利いた言葉をかけることもできない。私は一歩踏み出すことができない。
 
 なぜなら私たちは「隣人」でしかないのだから。
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